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「少年」光文社、1951(昭和26)年1月号~12月号

 そのふたりの少年は、あんなこわい目にあったのは、生まれてからはじめてでした。

 春のはじめの、ある日曜日、小学校六年の島田君と木下君は、学校の先生のおうちへあそびにいって、いろいろおもしろいお話をきき、夕方になって、やっと先生のうちを出ました。そのかえり道のできごとです。


「おや、へんだね。こんな町、ぼく一ども通ったことがないよ」


 島田君が、ふしぎそうに、あたりを見まわして、いいました。


「ほんとだ。ぼくも通ったことがないよ。なんだか、さびしい町だね」


 木下君も、へんな顔をして、人っこひとりいない、広い大通りを見まわしました。

 夕方のうすぼんやりした光の仲に、一ども見たことのない町が、ふたりのまえに、ひろがっていたのです。くだもの屋だとか、菓子屋だとか、牛肉屋などが、ずっとならんでいるのですが、どの店にも、人のすがたがなく、まるで、人間という人間が、この世からすっかりいなくなって、店屋だけが、のこっているのではないかと、あやしまれるほどでした。


「へんだなあ」と思いながら、あるいていますと、一けんのりっぱな骨董屋が目につきました。大きなショーウインドーのなかに、古い仏像だとか、美しいもようの陶器などが、たくさんならべてあります。ふたりの少年は、思わずその前に立ちどまりました。

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