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十字路

1955(昭和30)年11月

第(6)章「湖底の秘密」より
 

 青梅の町はずれから、道は二つにわかれている。一方は氷川町を経て小河内から山梨県に出る街道、一方は北に折れて谷沢町から藤瀬を通って埼玉県に出る街道だ。伊勢のキャディラックは、北折して谷沢町を通過し、多摩川支流の渓谷沿いのけわしい山道にさしかかった。


 道は急角度のジグザグ・コースをとり、刻一刻高度を増して行く。右は急傾斜にそばだつ山、左は底知れぬ渓谷、その谷底から、岩に激する流れの音が、エンジンの響きにまじって、幽かにきこえてくる。もう降りやんではいたが、山路は一層雪が深く、山も谷も街道も、白一色に塗りつぶされ、道と谷とのけじめもつかず、急角度の曲り角ごとに立っている、自動車のための標示板も、雪に覆われて見わけられず、運転は極度に困難になって来た。


 ほんとうなら、この辺で、タイヤに辷りどめのチェーンをまくところだが、町ばかり走っているキャディラックには、チェーンの用意がなかった。しかし、幸いなことには、この街道は、藤瀬ダム建設のために幅の広い舗装道路になっていたので、ゆっくり走れば、谷間に転落する危険は、ほとんどなかった。

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