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「少年」光文社、1949(昭和24)年1月号~12月号

 冬の夜、月のさえた晩、銀座通りに近い橋のたもとの交番に、ひとりの警官が夜の見はりについていました。一時をとっくにすぎた真夜中です。

 ひるまは電車やバスや自動車が、縦横にはせちがう大通りも、まるでいなかの原っぱのようにさびしいのです。月の光りに、四本の電車のレールがキラキラ光っているばかり、動くものは何もありません。東京中の人が死にたえてしまったようなさびしさです。

 警官は、交番の赤い電灯の下に、じっと立って、注意ぶかくあたりを見まわしていました。濃い口ひげの下から、息をするたびに、白い煙のようなものが立ちのぼっています。寒さに息がこおるのです。


「オヤ、へんなやつだなあ。よっぱらいかな」


 警官が、思わずひとりごとをつぶやきました。

 キラキラ光った電車のレールのまんまん中を、ひとりの男が歩いてくるのです。青い色の背広に、青い色のソフトをかぶった大男です。この寒いのに外套も着ていません。

 その男の歩きかたが、じつにへんなのです。お巡りさんが、よっぱらいかと思ったのも、むりはありません。しかし、よく見ると、よっぱらいともちがいます。右ひだりにヨロヨロするのではなくて、なんだか両足とも義足でもはめているような歩きかたなのです。人間の足で歩くのではなく、機械でできた足で歩いているような感じです

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