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1940(昭和25)年4月~

第(1)章「不思議な帆船」より

 さて三人が長崎へ着いて五日目のことです。もうひとおり市内の見物をおわって、近いところならば、少年たち三人だけで遊びに行ってもいいというお許が出ていましたので、夕方から、子供ばかりで散歩に出たのですが、三人の足はいつとはなく、海岸の桟橋の方へ向いていました。三人はそれほど船が好きだったのです。広い桟橋に横づけになっている、大小さまざまの汽船が、なんだかなつかしくて仕方がなかったのです。

 古めかしい西洋館の建並んだ町つづきに、汽車の駅のような建物があって、その広い待合室には、台湾や、支那の上海などへ旅行する人達が、たくさん集まっていて、ガヤガヤと、海の向こうの珍しい町の話などをしているのです。そこを通りぬけますと、すぐにもう青々とした広い海で、その岸にコンクリートの白い道が、目もはるかにズーッとつづいていて、そこへ黒いのや黄色いのや、いろいろの形の船が、横づけになって、日に焼けた船員や水夫達が、行ったり来たりしているのです。

 本当は係の人の外は、桟橋へ出てはいけないのですが、三人は子供のことですから、ついそれとも知らず、いつの間にか、大きな汽船の横づけになっている白い道をあるいていました。

 海の匂、汽船のペンキの匂、石炭の煙の匂などがゴッチャになって、いかにも港らしいなつかしい匂が、あたりにみちています。全体が真黒で、水に近いところだけ、真赤に塗ってある、まるで高い高い壁のような汽船の横腹、その前を、海軍将校のような金モールの徽章の帽子をかぶった船員が、大きなパイプをくわえて歩いて来るかと思うと、腕に入墨のある西洋人の水夫が、白い水夫帽を横っちょにかぶって、妙な歌をうたいながら通りすぎます。そういう景色が、どれもこれも、三人の少年にはなつかしくてたまらないのでした。

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