top of page
「少年倶楽部」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年1月号~12月号

 空一面、白い雲に蔽われた、どんよりと蒸暑い、春の日曜日の夕方のことでした。十三四歳の可愛らしい小学生が、麻布区の六本木に近い淋しい屋敷町をただ一人、口笛を吹きながら歩いていました。

 この少年は、相川泰二君といって、小学校の六年生なのですが、今日は近くのお友達のところへ遊びに行って、同じ麻布区の町にあるお家へ帰る途中なのです。

 道の両側は大きな邸の塀が続いていたり、神社の林があったりして、いつも人通りの少ない場所ですが、それが、今日はどうしたことか、ことに淋しくて、長い町の向こうの端まで、アスファルトの道路が、白々と続いているばかりで、人の影も見えないのです。

 空は曇っていますし、それにもう日暮に近いので、泰二君は何だか妙に心細くなって来ました。口笛を吹きつづけているのも、その心細さをまぎらすためかも知れません。

 ところが、足早に歩いていた泰二君が、とある町角を曲ったかと思うと、ハッとしたように、口笛をやめて立止ってしまいました。

 妙なものを見たからです。

 二十メートルほど向こうの、道の真中に、一人の不気味な老人がうずくまって、妙なことをしているのです。

朗読はこちらから!
乱歩朗読9.gif
bottom of page