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「少年倶楽部」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年1月号~12月号

第(3)章「人か魔か」より

 小函の蓋が開かれますと、目もくらむような虹の色がひらめきました。大豆程もある、実に見事な金剛石が六顆、黒天鵞絨の台座の上に、輝いていたのです。


 壮一君が十分観賞するのを待って、小函の蓋がとじられました。


「この函はここへ置くことにしよう。金庫なんかよりは、お前とわしと、四つの目で睨んでいる方が確かだからね」


「エエ、その方がいいでしょう」


 二人はもう、話すこともなくなって、小函をのせたテーブルを中に、じっと顔を見合わせていました。

 時々思い出したように、風が窓のガラス戸を、コトコトいわせて吹き過ぎます。どこか遠くの方から、激しく鳴き立てる犬の声が聞えて来ます。


「幾時だね」


 壮太郎氏の時間を訊ねる回数が、だんだん頻繁になって来るのです。


「あと四分です」


 二人は目と目を見合わせました。秒を刻む音が怖いようでした。

 三分、二分、一分、ジリジリとその時が迫って来ます。二十面相はもう塀を乗り越えたかも知れません。今頃は廊下を歩いているかも知れません。……イヤ、もうドアの外へ来て、じっと耳を澄ましているのかも知れません。

 アア、今にも、今にも、恐ろしい音を立ててドアが破壊されるのではないでしょうか。


「お父さん、どうかなすったのですか」


「イヤ、イヤ、何でもない。わしは二十面相なんかに負けやしない」


 そうはいうものの、壮太郎氏はもう真青になって、両手で額を押さえているのです。三十秒、二十秒、十秒と、二人の心臓の鼓動を合わせて、息詰まるような恐ろしい秒時が、過ぎ去って行きました。


「オイ、時間は?」


壮太郎氏のうめくような声が訊ねます。

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