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盲獣
1931(昭和6)年2月~
第(7)章「天地晦冥」より
やがて盲人の触角の様な指先は、ヒラヒラと蘭子の腕に纒いつき、虫が這う様に、腕から肩へ、肩から後頭部へ昇って行った。
そして彼女の首がグイグイと前へ引き寄せられ、醜怪な盲人の顔が、眼界一杯に近づき、蛞蝓みたいなヌルヌルした唇が、彼女の唇を求めて蠢き始めた時、蘭子はやっとそれに気づいて、烈しく相手の手を払いのけ、悲鳴を上げて立上がった。
「いけないッ。畜生、畜生」
彼女はまるで犬か猫でも追い払う様な言葉を使った。
「お前さんには、このわしの切ない心が分らんのか。頼みだ。どうぞ、この通りだ」
悲しき盲獣は、両手を合せておがみながら、かき口説く。
「わしをお前さんの奴隷にしてくれ。ふみにじってくれ。唾をはきかけてくれ。蹴飛ばしてくれ。けとばされても、けとばされても、わしは小犬の様に、喉を鳴らして喜んでいるのだ。決して怒りやしないのだ、エ、蘭子さん、頼みだ。頼みだ」
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