top of page

兇器

1954(昭和29)年6月
「アッ、助けて!という金切り声がしたかと思うと、ガチャンと大きな音がきこえ、カリカリとガラスのわれるのがわかったって言います。主人がいきなり飛んでいって、細君の部屋の襖をあけて見ると、細君の美禰子があけに染まって倒れていたのです。
 
 傷は左腕の肩に近いところで、傷口がパックリわれて、血がドクドク流れていたそうです。さいわい動脈をはずれたので、吹き出すほどでありませんが、ともかく非常な出血ですから、主人はすぐ近所の医者を呼んで手当てをした上、署へ電話をかけたというのです。捜査の木下君と私が出向いて、事情を聴きました。
 
 何者かが、窓をまたいで、部屋に[はいり、うしろ向きになっていた美禰子を、短刀で刺して逃げ出したのですね。逃げるとき、窓のガラス戸にぶつかったので、その一枚がはずれて外に落ち、ガラスがわれたのです。
 
 窓の外には一間幅ぐらいの狭い空地があって、すぐコンクリートの万年塀なのです。コンクリートの板を横に並べた組立て式の塀ですね。そのそとは住田町の淋しい通りです。私たちは万年塀のうちとそとを、懐中電灯でしらべて見たのですが、ハッキリした足跡もなく、これという発見はありませんでした。
朗読はこちらから!
江戸川乱歩 短編集(2)
心理試験
押繪と旅する男
兇器
指環
断崖
乱歩朗読9.gif
bottom of page