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火縄銃
1932(昭和7)年4月
或年の冬休み、私は友人の林一郎から一通の招待状を受け取った。手紙は、弟の二郎と一緒に一週間ばかり前からこちらに来て、毎日狩猟に日を暮しているが、二人だけでは面白くないから、暇があれば私にも遊びに来ないか、という文面だった。封筒はホテルのもので、A山麓Sホテルと名前が刷ってあった。
永い冬休みをどうして暮そうかと、物憂い毎日をホトホト持て余していた折なので、私にはその招待がとても嬉しく、渡りに船で早速招きに応ずることにした。林が日頃仲の悪い義弟と一緒だというのが一寸気がかりだったが、ともかく橘を誘って二人で出掛ける事になった。何でも前の日の雨が名残なく霽れた十二月の、小春日和の暖かい日であった。別に身仕度の必要もない私等は、旅行といっても至極簡単で、身柄一つで列車に乗込めばよかった。この日、橘はこれが彼の好みらしかったが、制服の上にインバネスという変な格好で、車室の隅に深々と身を沈め、絶えずポオのレーヴンか何かを口誦んでいた。そうやって、インバネスの片袖から突出した肘を窓枠に乗せ、移り行く窓の外の景色をうっとりと眺め乍ら、物凄い怪鳥の詩を口誦んでいる彼の様子が、私には何かしらひどく神秘的に見えたものだ。
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