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お勢登場

「大衆文藝」1926(大正15)年7月
 肺病やみの格太郎は、今日も又細君においてけぼりを食って、ぼんやりと留守を守っていなければならなかった。最初の程は、如何なお人好しの彼も、激憤を感じ、それを種に離別を目論んだことさえあったのだけれど、病という弱味が段々彼をあきらめっぽくしてしまった。先の短い自分の事、可愛い子供のことなど考えると、乱暴な真似はできなかった。その点では、第三者であるだけ、弟の格二郎などの方がテキパキした考を持っていた。彼は兄の弱気を歯痒がって、ときどき意見めいた口を利くこともあった。

「なぜ兄さんは左様なんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人に憐みをかける所があるんだろうか」
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