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灰神楽

「大衆文藝」1926(大正15)年3月
 アッと思う間に、相手は、まるで泥でこしらえた人形がくずれでもする様に、グナリと、前の机の上に平たくなった。顔は、鼻柱がくだけはしないかと思われる程、ペッタリと真正面に、机におしつけられていた。そして、その顔の黄色い皮膚と、机掛の青い織物との間から、椿の様に真赤な液体が、ドクドクと吹き出していた。
 
 今の騒ぎで鉄瓶がくつがえり、大きな桐の角火鉢からは、噴火山の様に灰神楽が立昇って、それが拳銃の煙と一緒に、まるで濃霧の様に部屋の中をとじ込めていた。
 
 覗きからくりの絵板が、カタリと落ちた様に、一刹那に世界が変わってしまった。庄太郎はいっそ不思議な気がした。

「こりゃまあ、どうしたことだ」

 彼は胸の中で、さも暢気相にそんなことを言っていた。
 
 しかし、数秒間の後には、彼は右の手先が重いのを意識した。見ると、そこには、相手の奥村一郎所有の小型拳銃が光っていた。「俺が殺したんだ」ギョクンと喉がつかえた様な気がした。胸の所がガラン洞になって、心臓がいやに上の方へ浮上がって来た。そして、顎の筋肉がツーンとしびれて、やがて、歯の根がガクガクと動き始めた。
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