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指環

「新青年」博文館、1925(大正14)年7月
A 失礼ですが、いつかも汽車で御一緒になった様ですね。
 
B これは御見それ申しました。そういえば、私も思い出しましたよ。やっぱりこの線でしたね。
 
A あの時は飛んだ御災難でした。
 
B いや、お言葉で痛み入ります。私もあの時はどうしようかと思いましたよ。
 
A あなたが、私の隣の席へいらしったのは、あれはK駅を過ぎて間もなくでしたね。あなたは、一袋の蜜柑を、スーツケースと一緒に下げて来られましたね。そしてその蜜柑を私にも勧めて下さいましたっけね。……実を申しますとね。私は、あなたを変に慣れ慣れしい方だと思わないではいられませんでしたよ。
 
B そうでしょう、私はあの日はほんとうにどうかしていましたよ。
 
A そうこうしている内に、隣の一等車の方から、興奮した人達がドヤドヤと這入って来ましたね。そして、その内の一人の貴婦人が一緒にやって来た車掌にあなたの方を指して何か囁きましたね。
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