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幽霊
「新青年」博文館、1925(大正14)年5月
「辻堂のヤツ、とうとう死にましたよ」
腹心のものが、多少手柄顔にこう報告した時、平田氏は少からず驚いたのである。尤も大分以前から、彼が病気で床についた切りだということは聞いていたのだけれど、それにしても、あの自分をうるさくつけ狙って、仇を(あいつは勝手にそう極めていたのだ)うつことを生涯の目的にしていた男が、「彼奴のどてっ腹へ、この短刀をぐっさりと突きさすまでは、死んでも死に切れない」と口癖の様に言っていたあの辻堂が、その目的を果しもしないで死んでしまったとは、どうにも考えられなかった。
「ほんとうかね」
平田氏は思わずその腹心の者にこう問い返したのである。
「ほんとうに何んにも、私は今あいつの葬式の出る所を見届けて来たんです。念の為に近所で聞いて見ましたがね。やっぱりそうでした。親子二人暮しの親父が死んだのですから、息子のヤツ可哀相に、泣顔で棺の側へついて行きましたよ。親父に似合わない、あいつは弱虫ですね」
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