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三角館の恐怖

1951(昭和26)年1月~

第(1)章「異様な建物」より

 

 物語に入る前に、この奇怪な殺人事件の舞台について、簡単に説明しておく方がよいと思う。その家はいくらかの予備知識がなくては、ほとんど納得できないような、世にも異様な建物だからである。大都会には盲点がある。同じ区内に住む人でも「オヤ、こんなところに……」と、びっくりするような思いがけない建物に出あうことがあるものだ。この物語の不思議な西洋館も、そういう盲点に入っている建物の一つであった。

 

第(2)章「鏡中影」より


 弁護士事務所から遠くもない所なので、都電を利用し、それから三丁ほどの道を歩いて来たのだが、寒いので先が急がれる。もうその角を一つまがれば、蛭峰家の玄関だから、とセカセカと下ばかり見て歩いていると、突然、サーッと風を切るような音がして、頭の上を飛んだものがある。

 

 オヤッと思って、顔を上げると、つい左手の川に、何か大きなものがポチャンと水音をたてて落ちたことがわかった。長さ一尺ほど、幅は五六寸、厚みも相当にある、やや細長いハトロン紙包みだ。ハトロン紙の上から紐で厳重にしばってある。

 

 川の反対の右側には、人の背よりも少し高い、苔むした煉瓦塀がつづいている。どうやらその中から、川へ投げこんだものらしい。塀の向うには一目でそれとわかる、古色蒼然たる西洋館が聳えている。蛭峰家だ。

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