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化人幻戯

1954(昭和29)年11月~

第(8)章「浴室痴戯」より

 

 大河原氏が出発した日の夜、家人が寝しずまった十一時頃、武彦は西洋館の主人夫妻の寝室へ忍んでいった。由美子夫人とそういううち合せができていたのである。

 

 主人夫妻の寝室は西洋館の奥まったところにあり、同じ西洋館にある武彦の部屋からは、応接間、図書室などの前を通って廊下伝いに行けるし、途中に雇人たちの部屋はないので、こういう場合には甚だ好都合であった。

 

 武彦は主人夫妻の寝室へ一度もはいったことはなかったが、女中などの話によると、それは大ホテルのバス付の部屋のような構造らしく思われた。入浴も洗面もいっさい部屋から出ないですませるという、あの便利な構造である。夫妻の寝室は日本建ての方にもあった。もとはそこだけを使っていたのだが、若い後妻の由美子が来てからしばらくすると、西洋館を建て増して、このホテル式寝室をこしらえたのだという。そのときに贅沢な蒸気暖房のボイラー部屋を設けたので、全館がスチーム暖房となり、バスや洗面台には、いつでも熱湯が出る仕掛けになっていた。

 

 武彦は胸をドキドキさせながら、夢遊病者のような足どりで、ジュータンを敷きつめた廊下を、寝室の前までたどりつき、アメリカ風の明るい薄鼠色に塗ったドアの前に立った。


「いつか映画にこんな場面があったな」「おれは今、恋愛の英雄なんだな」というような想念があわただしく彼の胸中を去来した。

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