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悪魔の紋章

「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

第(17)章「異様な旅行者」より

 

 車掌の呼笛が鳴った。ガクンと動揺して汽車は動き始めた。


「サア、降りるんです」
 

 矢庭に立上がった博士が川手氏の手を取って、後部のブリッジへ走った。そして、もう速力を出し始めている車上から、先ずスーツケースを投げ出して置いて、サッとプラットフォームへ飛び降りた。川手氏も手を引かれたままそれに続く。二人とも足がもつれて、危なく転がるところであった。


「一体これはどうした訳です」


「イヤ、驚かせてすみませんでしたね。これも尾行をまく一つの手なんですよ。まさかここまであいつが尾行していようとは考えられませんが、ああいう敵に対しては、無駄と思われる程念を入れなければなりません。こうして置いて、今度は東京の方へ逆行するんです。もしあの汽車にわれわれの敵が乗っていたとすれば、まんまと一駅乗り越す訳ですから、いくらくやしがっても、もうわれわれのあとをつけることは出来ません。オオ、丁度向うから上がり列車が入って来たようです。向うへ渡りましょう。ナアニ、切符は中で車掌に言えばいいんですよ」

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