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黄金仮面

1930(昭和5)年9月~

 この世には、五十年に一度、或は百年に一度、天変地異とか、大戦争とか、大流行病などと同じに、非常な奇怪事が、どんな悪夢よりも、どんな小説家の空想よりも、もっと途方もない事柄が、ヒョイと起ることがあるものだ。

 

 人間社会という一匹の巨大な生物が、何かしらえたいの知れぬ急性の奇病にとりつかれ、一寸の間、気が変になるのかも知れない。それ程常識はずれな、変てこな事柄が、突拍子もなく起ることがある。

 

 で、あのひどく荒唐無稽な「黄金仮面」の風説も、やっぱりその、五十年百年に一度の、社会的狂気の類であったかも知れないのだ。

 

 ある年の春、まだ冬外套が手離せぬ、三月初めのことであったが、どこからともなく、金製の仮面をつけた怪人物の風評が起り、それが人から人へと伝わり、日一日と力強くなって、遂には各新聞の社会面を賑わす程の大評判になってしまった。

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