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猟奇の果

1930(昭和5)年1月~

 彼は余りにも退屈屋で且つ猟奇者であり過ぎた。

 

 ある探偵小説家は(彼も又退屈の余り、此世に残された唯一の刺戟物として、探偵小説を書き始めた男であったが)この様な血腥い犯罪から犯罪へと進んでいって、遂には小説では満足出来なくなり、実際の罪を、例えば殺人罪を、犯す様なことになりはしないかと虞れた由であるが、この物語の主人公は、その探偵作家の虞れたことを、実際にやってしまった。猟奇が嵩じて、遂に恐ろしい罪を犯してしまった。

 

 猟奇の徒よ、卿等は余りに猟奇者であり過ぎてはならない。この物語こそよき戒である。猟奇の果が如何ばかり恐ろしきものであるか。

 

 この物語の主人公は、名古屋市のある資産家の次男で、名を青木愛之助と言う、当時三十歳になるやならずの青年であった。

 

 パンの為に勤労の必要もなく、お小遣と精力はあり余り、恋は、美しい意中の人を妻にして三年、その美しさに無感覚になってしまった程で、つまり、何一つ不足なき身であったが故に彼は退屈をしたのである。そして、いわゆる猟奇の徒となり果てたのである。

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