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防空壕

1955(昭和30)年7月~
 君、ねむいかい?エ、眠れない?僕も眠れないのだ。話をしようか。いま妙な話がしたくなった。
 
 今夜、僕らは平和論をやったね。むろんそれは正しいことだ。誰も異存はない。きまりきったことだ。ところがね、僕は生涯の最上の生き甲斐を感じたのは、戦争の最中だった。イヤ、みんなが言っているあの意味とはちがうんだ。国を賭して戦っている生き甲斐という、あれとはちがうんだ。もっと不健全な、反社会的な生き甲斐なんだよ。
 
 それは戦争の末期、今にも国が亡びそうになっていた時だ。空襲が烈しくなって、東京が焼け野原になる直前の、あの阿鼻叫喚の最中なんだ。――君だから話すんだよ。戦争中にこんなことを言ったら、殺されただろうし、今だって、多くの人に顰蹙されるにきまっている。
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