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石榴

1934(昭和9)年9月

第(2)章より

 

 それは今から足掛十年前、大正――年の秋に、名古屋市の郊外Gという新住宅街に起った事件です。G町は今でこそ市内と同じように、住宅や商家が軒を並べた明るい町になっていますが、十年前の其頃は、建物よりは空地の方が多いような、ごく淋しい場所で、夜など、用心深い人は、提灯を持って歩く程の暗さだったのです。

 

 ある夜のこと、管轄警察署の一巡査が、そのG町の淋しい通りを巡回していました時、ふと気がつくと、確かに空家の筈の一軒の小住宅に。。それは空地の真中にポツンと建った、壊れかかったような一軒建ての荒屋で、ここ一年程というもの、雨戸をたて切ったままになっていて、急に住み手がつこうとも思われませんのに、不思議なことに、空家の仲に幽かな赤ちゃけた明りが見えていたのです。しかも、そのほの明りの前に、何かしら蠢いているものがあったのです。明りが見えるからには、閉めきってあった戸が開かれていたのでしょう。一体何者がその戸を開いたのか。そして、あんな空家の中へ侵入して何をしているのか。警邏の巡査が不審を起したのは至極尤もなことでした。

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