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悪霊 [未完作品]

1933(昭和8)年11月~
 二月ばかり前の事であるが、N某という中年の失業者が、手紙と電話と来訪との、執念深い攻撃の結果、とうとう私の書斎に上がり込んで、二冊の部厚な記録を、私に売りつけてしまった。人嫌いな私が、未知の、しかも余り風体のよくない、こういう訪問者に会う気になったのはよくよくのことである。彼の用件は無論、その記録を金に換えることの外にはなかった。彼はその犯罪記録が私の小説の材料として多額の金銭価値を持つものだと主張し、前持って分前に預りたいというのであった。
 
 結局私は、そんなに苦痛でない程度の金額で、その記録を殆ど内容も調べず買取った。小説の材料に使えるなどとは無論思わなかったが、ただこの気兼ねな訪問者から、少しでも早くのがれたかったからである。
 
 それから数日後のある夜、私は寝床の仲で、不眠症をまぎらす為に、何気なくその記録を読み初めたが、読むに従って、非常な掘出しものをしたことが分って来た。私はその晩、とうとう徹夜をした上、翌日の昼頃までかかって、大部の記録をすっかり読み終った。
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