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覆面の舞踏者

「婦人の国」新潮社、1926(大正15)年1~2月
 私がその不思議なクラブの存在を知ったのは、私の友人の井上次郎によってでありました。井上次郎という男は、世間にはそうした男が間々あるものですが、妙に、いろいろな暗黒面に通じていて、例えば、どこそこの女優なら、どこそこの家へ行けば話がつくとか、オブシーン・ピクチュアを見せる遊廓はどこそこにあるとか、東京に於ける第一流の賭場は、どこそこの外人街にあるとか、その外、私達の好奇心を満足させるような、しゅじゅさまざまの知識を極めて豊富に持合せているのでした。その井上次郎が、ある日のこと、私の家へやって来て、さて改まって言うことには、

「無論君なぞは知るまいが、僕達の仲間に二十日会という一種のクラブがあるのだ。実に変わったクラブなんだ。いわば秘密結社なんだが、会員は皆、この世のあらゆる遊戯や道楽に飽き果てた、まあ上流階級だろうな、金には不自由のない連中なんだ。それが、何かこう世の常と異った、変てこな、刺戟を求めようという会なんだ。非常に秘密にしていて、滅多に新しい会員を拵えないのだが、今度一人欠員ができたので――その会には定員がある訳だ――一人だけ入会することができる。そこで、友達甲斐に、君の所へ話しに来たんだが、どうだい入っちゃ」

 例によって、井上次郎の話は、甚だ好奇的なのです。言うまでもなく、私は早速挑発されたものであります。

「そうして、そのクラブでは、一体全体、どういうことをやるのだい」

 私がたずねますと、彼は待ってましたとばかり、その説明を始めるのでした。
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