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夢遊病者の死

「苦楽」プラトン社、1925(大正14)年7月
 彦太郎が勤め先の木綿問屋をしくじって、父親の所へ帰って来てからもう三ケ月にもなった。旧藩主M伯爵邸の小使みたいなことを勤めてかつかつ其日を送っている、五十を越した父親の厄介になっているのは、彼にしても決して快いことではなかった。どうかして勤め口を見つけ様と、人にも頼み自分でも奔走しているのだけれど、折柄の不景気で、学歴もなく、手にこれという職があるでもない彼の様な男を、傭ってくれる店はなかった。尤も住み込みなればという口が一軒、あるにはあったのだけれど、それは彼の方から断った。というのは、彼にはどうしても再び住み込みの勤めが出来ない訳があったからである。
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