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双生児

「新青年」博文館、1924(大正13)年10月

双生児――ある死刑囚が教誨師にうちあけた話――
 

 先生、今日こそは御話することに決心しました。私の死刑の日も段々近づいて来ます。早く心にあることを喋ってしまって、せめて死ぬ迄の数日を安らかに送りたいと思います。どうか、御迷惑でしょうけれど、暫らくこの哀れな死刑囚の為に時間を御割き下さい。

 先生も御承知の様に、私は一人の男を殺して、その男の金庫から三万円の金を盗んだ廉によって死刑の宣告を受けたのです。誰もそれ以上に私を疑うものはありません。私は事実、それだけの罪を犯しているのではありますし、死刑と決ってしまった今さら、もう一つのもっと重大な犯罪について、わざわざ白状する必要は少しもないのです。仮令それが知られているものよりも幾層倍重い大罪であったところで、極刑を宣告せられている私に、それ以上の刑罰の方法があるわけもないのですから。

 いや必要がないばかりではありません。仮令死んで行く身にも、出来るだけ悪名を少くしたいという、虚栄心に似たものがあります。それにこればかりはどんなことがあっても、私は妻に知らせたくない理由があるのです。その為に私はどれ程要らぬ苦労をしたことでしょう。その事だけを隠して置いたとて、どうせ死刑は免れぬと判っていますのに、法廷の厳しい御調べにも、私は口まで出かかったのを押さえつける様にして、それだけは白状しませんでした。

 

 ところが、私は今、それを先生のお口から私の妻に詳敷く御伝えが願いたいと思っているのです。どんな悪人でも、死期が近づくと善人に帰るのかも知れません。そのもう一つの罪を白状しないで死んでしまっては、余りに私の妻が可哀相に思えるのです。それともう一つは、私は私に殺された男の執念が恐ろしくてたまらないのです。いいえ、金を盗む時に殺した男ではありません。それはもう白状してしまったことですし、大して気がかりになりませんが、私はそれよりも以前に、もう一人殺人罪を犯していたのです。そして、その男の事を考えるとたまらないのです。

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