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恐ろしき錯誤

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月
「勝ったぞ、勝ったぞ、勝ったぞ。。」

 北川氏の頭の仲には、勝ったという意識だけが、風車の様に旋転していた。他のことは何も思わなかった。
 彼は今、どこを歩いているのやら、どこへ行こうとしているのやら、まるで知らなかった。第一、歩いているという、そのことすらも意識しなかった。
 往来の人達は妙な顔をして、彼の変てこな歩きぶりを眺めた。酔っぱらいにしては顔色が尋常だった。病気にしては元気があった。
 What ho! What ho! this fellow is dancing mad! He hath been bitten by the tarantula.

 丁度あの狂気じみた文句を思い出させる様な、一種異様の歩きぶりだった。北川氏は決して現実の毒蜘蛛にかまれた訳ではなかった。しかし、毒蜘蛛にもまして恐ろしい執念の虜となっていた。
 彼は今全身を以て復讐の快感に酔っているのだった。

「勝った、勝った、勝った。。」
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