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何者

1929(昭和4)年11月~
 ある夏のこと、私は甲田伸太郎という友人に誘われて、甲田程は親しくなかったけれど、やはり私の友達である結城弘一の家に、半月ばかり逗留したことがある。その間の出来事なのだ。
 弘一君は陸軍省軍務局に重要な地位を占めている、結城少将の息子で、父の邸が鎌倉の少し向うの海近くにあって、夏休みを過すには持って来いの場所だったからである。
 三人はその年大学を出たばかりの同窓であった。結城君は英文科、私と甲田君とは経済科であったが、高等学校時代同じ部屋に寝たことがあるので、科は違っても、非常に親しい遊び仲間であった。
 私達には、愈々呑気な学生生活にお別れの夏であった。甲田君は九月から東京のある商事会社へ勤めることになっていたし、弘一君と私とは兵隊にとられて、年末には入営である。何れにしても、私達は来年からはこんな自由な気持の夏休みを再び味えぬ身の上であった。そこで、この夏こそは心残りのないように、充分遊び暮そうというので、弘一君の誘いに応じたのである。
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