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大暗室

1936(昭和11)年12月~

第(17)章「悪魔の振子」より

 それは大時計の振子によく似ていた。しかし、時計の振子などとは比べものにならない大きさだ。暗いのでよくは分からぬけれど、その長さは一間以上、幅は二尺程で、振子の玉の先端に銀色の三日月型のものがついている。それが左右に大きく揺れる毎に、穴蔵の隅の例の青い炎を反射して、キラリ、キラリと光るのだ。

 

 真弓はその奇妙な機械を非常に不気味に思ったけれども、まだ鼠の怖さを忘れる程ではなかった。又例の穴の方へ首をねじ向けて、ともすれば這い上がって来る鼠を追うのに気を取られていた。

 

 だが、暫くして、再び天井に目をやった時、彼女はギョッとしないでは[いられなかった。あの大振子は、大きく左右に揺れながら、いつの間にか二尺程も彼女の方へ近づいていたではないか。振子はただ揺れるばかりでなく、徐々に地上へ下がって来るのだ。彼女はその機械仕掛けの不思議さに、もう鼠の事も忘れて、ただ振子ばかりを眺めていた。確かにそれは下がって来る。左右に一振りする毎に、一寸ずつ、一寸ずつ、彼女の上へ迫って来る。

 

 今では振子の玉の先端の、三日月型の銀色の部分が、ハッキリと見分けられる。それはいわば巨大な鎌のようなものであった。そして、その鎌の刃はまるで剃刀のように鋭いのだ。

 

 重い鉄製の振子は、空を切って往復する度に、シュッシュッという鋭い不気味な音を立てた。真弓さんは徐々に徐々に下がって来る大振子と、その先端の巨大な剃刀の刃を見つめている内に、全身の産毛が悉く逆立ち、歯の根がガチガチと鳴り始めた。

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