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地獄風景

1931(昭和6)年5月~

 M県の南部にY市という古風で陰気な、忘れ果てられた様な都会がある。商工業が盛んな訳ではなく、といって、交通の要路に当る訳でもなく、ただ、旧幕時代の城下町であった為に人口が多く、漸く市の形を為しているに過ぎないのだ。

 

 その眠った様なY市の郊外に、実に途方もない遊園地を拵えた男がある。

 

 この世には、ときどき、何とも解釈のつかぬ、夢の様な、突拍子もない事柄が、ヒョイと起ることがあるものだ。地球の患う熱病が、そこへ真赤な腫物となって吹き出すのかも知れない。

 

 遊園地をこしらえた男は、Y市一等の旧家で、千万長者と言われる喜多川家に生れた一人息子で、治良右衛門という妙な名前の持主であった。

 

 こういう身分の人にはめずらしく、喜多川治良右衛門には、家族というものがなかった。父母は数年以前に死んでしまい、兄妹とてもなく、彼自身もう三十三歳という年にも拘らず、妻を娶らず、多勢の召使の外には、全く係累のない身の上であった。

 

 親族は数多くあったけれど、彼の行状を兎や角言い得る様な怖い伯父さん達は、とっくに死に絶えてしまい、その方面からもうるさい苦情が出る気遣いはなかった。

 

あの途方もない遊園地のごときは、この資産、この身の上にして、初めて計画し得る所のものであったであろう。

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