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パノラマ島綺譚

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月
 同じM県に住んでいる人でも、多くは気づかないでいるかも知れません。I湾が太平洋へ出ようとする、S郡の南端に、外の島々から飛び離れて、丁度緑色の饅頭をふせた様な、直径二里足らずの小島が浮んでいるのです。今では無人島にも等しく、附近の漁師共が時々気まぐれに上陸して見る位で、殆ど顧る者もありません。殊にそれは、ある岬の突端の荒海に孤立していて、余程の凪ででもなければ、小さな漁船などでは第一近づくのも危険ですし、又危険を冒してまで近づく程の場所でもないのです。所の人は俗に沖の島と呼んでいますが、いつの頃からか、島全体が、M県随一の富豪であるT市の菰田家の所有になっていて、以前は同家に属する漁師達の内、物好きな連中が小屋を建てて住まったり、網干し場、物置きなどに使っていたこともあるのですが、数年以前それがすっかり、取払われ、俄にその島の上に不思議な作業が始ったのです。何十人という人夫土工或は庭師などの群が、別仕立てのモーター船に乗って、日毎に島の上に集って来ました。どこから持って来るのか、様々の形をした巨岩や、樹木や、鉄骨や、木材や、数知れぬセメント樽などが、島へ島へと運ばれました。そして、人里離れた荒海の上に、目的の知れぬ土木事業とも、庭作りともつかぬ工作が始まったのです。
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